とある親友の憂鬱
「櫂くん!」
昨日も会ったというのに、まるで数年間離れ離れになっていた恋人とやっと再会出来たかのような、嬉しいという感情を抑え切れないといった風のその姿に、思わず顔が綻ぶのは自分だけでは無いはずだ。
と、三和タイシは一直線にこちらへ駆け寄ってくる先導アイチの姿を見て、目を細めた。
アイチがそんな眩い程の笑顔で見つめているのは自分ではない。
むしろきっと眼中に無いのではないだろうか。
先導アイチは自分の一つ年下の、友人である。
それ以上もそれ以下もなく、彼への友愛に恋愛感情や肉欲は一切含まないし含もうものならこの世には留まっていられないかもしれない、と、傍らに立つ親友を一瞬だけチラ見して思う。
そんな自分すら、ほんのちょっぴり寂しさを感じるくらいの真っ直ぐさで、アイチの視線は前述した隣に居る櫂トシキに注がれている。
普段は周りを寄せ付けない冷たさを滲ませる彼だが、ことアイチに関してはその表情もいくらか穏やかで、目元にうっすらと優しさを感じさせる。
(が、おそらくそれに気付くのは自分か、記憶したくなくてもしてしまうとある彼女くらいだろうか)
さて、二人を知らぬ者ならば、このまま櫂に飛びついて、ともすればやや古い時代の少女漫画のように二人手を繋ぎ、キャッキャウフフとくるくる回って二人だけの世界を作り上げてしまうのではないかとイメージしてもおかしくないアイチの姿である。
だがしかし、そんなアイチから溢れだす幸せオーラとは裏腹に、むしろ友人ならばあと一歩近づいてもおかしくないと思うのだが、そう、あと大きく一歩分、アイチは櫂から離れた位置にピタリと立ち止まってしまう。
「偶然だね櫂くん!三和くんも!」
「ああ」
「よっ」
勿論、そこに障害物があったわけでも、誰かにストップさせられたわけでもない。アイチは自らの意思で、その大きく一歩分、離れた位置で満足気に足を止める。
そう、本人は満足気なのだ。
あと一歩の距離。それでもアイチは幸せそうだし、櫂は距離を詰めることも離れることもなく、アイチ以外の他の誰かには見せないであろうほんのり優しい表情でアイチの方を向いている。
櫂を知るものならばこれがどれだけ奇跡的な光景か、どれだけ櫂がいわゆる「デレ」ているか、解ってもらえるだろう。
そしていつものように、ただ二人、会話と言うにはおこがましい程度の会話をするだけだ。
周りのメンバーは、この二人の距離感が大層しんどかった。
心配し、呆れ返り、苦笑いし、時にはイライラしながらもなんだかんだで二人を応援していた。
幼かった頃の影響か、すっかり引っ込み思案になってしまってついこの間までは友人と呼べる相手なぞいやしなかったアイチと、『孤高』なんて二つ名が付けられてしまうような櫂である。
そんな二人が友人はおろかそれ以上に踏み込むことを許せる相手と出会えた、というか再会できたのだ。
この二人の他者は介入できないどころかしようとさえ思わせない空気感と安心感は、皆嫌いではないしむしろよかったとさえ思う。
ならばどうしてしんどいのか、と問われたら、おそらく皆が口をそろえて言うだろう。
『何もないのが辛い』、と。
「それでね、この間櫂くんに教えてもらった間違いやすいとこ、ほんとにテストに出たんだ」
「そうか」
「みんな結構引っかかってたみたいで、僕すごく助かったんだ、ありがとう」
「いや」
それはそれは嬉しそうに語るアイチに、ともすれば聞いているのかと問い詰めたくなるような返事しかしない櫂に、もうちょっとなにか言ってやれよと突っ込みたくなる気持ちを抑えて二人のやり取りを見守り、ひっそりと溜息をつく。
何故こいつらは、俺の友人達は、『友人』なのだろう?
言っておくが自分と、では無い。お互いが、である。
アイチは櫂も三和も友人だと言い、櫂もまたアイチと三和は友人だと言う。
櫂に対しておいこらちょっと待ちやがれ俺は親友じゃねーのか泣くぞこんちきしょう、と恨み言を言ってやりたいのはこの際置いておく。
正直、こいつら殴りたい、と何度も思った。
どうして友人なんていうポジションで満足しているんだ、とか、お前らなんでとっととくっつかねーんだよ!とか、言いたいことが山ほどあって胸につっかえて淀んでぐるぐるする為に起こった破壊衝動である(実際に殴ることは絶対に出来ないけど)
言いたい 言えない 言っちゃいけない だけどやっぱり言ってしまいたい
何故こいつらは自覚しないのだろう?
例えばエミちゃん。そう、アイチの妹である。
彼女は妹とは思えないほどしっかり者で、時折アイチに対して「もう、しょうがないわねー」なんて言いながら世話を焼いていたりする。
そんな「しょうがないわねー」の後に、ふっと見せる優しい、『家族』の笑顔。
例え相手がそちらを見ていなくとも、ぽろり溢れるようなそんな優しさを、櫂とアイチ、二人は他人であるはずのお互いに、惜しげも無く与え合っているというのに。
何度でも言うように、自分は二人の友人だ。親友だとすら思っている。
だからこそ、だからこそ強く思うことがある。
(なあ、お前ら、幸せになってくれよ)
「え、今日カードキャピタルお休みなの?」
「ああ」
「っ、ああーそうそう、店長とねーちゃんが揃ってインフルでダウンしちまったみてーでな?」
「そうなんだ……。二人共大丈夫かな……」
危うく考え事に没頭しすぎて、櫂の説明不足に補足を入れそびれるところだった。
そう、今日はカードキャピタルは休みだ。せっかくの休日にツイてない。だから俺と櫂は別の…
「……っ!!」
良い事を思いついた。
もうあれだ、櫂を信じてとっととこいつらには既成事実ってやつを作ってもらえばいい。
うだうだしてるなんて俺らしくない。さっさとこうすりゃ良かったんだ。
「っと、ワリィ!俺ちょっと用事思い出しちまった!」
後は野となれ山となれ。
俺は櫂に作戦(なんてもんじゃないが、あいつにはあれこれ言うよりポンと餌…というと語弊があるが、アイチをさっさと与えちまえば後はなんとかするだろう)を耳打ちすると、さっさと踵を返した。
慌てふためくアイチの声と、そりゃもう黙示録の炎ってこんな感じなのかなーってくらいの殺意じみた視線を背中に受けながら、半ばやけくそに内心叫んだ。
(リア充とっとと爆ぜちまえ!!)
……この日から更に二ヶ月くらい、全く進展してないと思い込まされてうんうん唸って悩みに悩むハメになるのは、また別の話。
初めて出した櫂アイ本の冒頭を三和くん視点から。
漫画ではほんの一瞬の表情で済ませてしまうようなシーンも文章にしたらまた違った面が垣間見れるのではと思い、
稚拙ながらせこせこキーを叩いた次第です。 どこかおかしかったらこっそり教えていただけたら幸い。
なんかギチギチな気がしてセリフの前後だけ無駄改行してみましたが、いらん事だったらすみません。
まさかこの後櫂くんが手でするとは三和くんも思うまいて……。