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スカイボトム・オブ・ザ・ウォーカー

 ごろんと仰向けになって眺める空の青はまるで水底から眺める水面のようだと思った。

 早く浮上しなければ、僕らは溺れて死んでしまうことだろう。
 だけど僕はすっかりこの水底へ水圧で縛り付けられていて、まったく浮き上がる気配なんてなかった。
 今すぐ誰かに酸素を供給して貰わなくてはならない。
 
そう結論が出たところで、まるで見計らったかのように僕の命綱は現れた。

 「何してんだよお前? こんなクソ寒い中屋上で昼寝とか狂気の沙汰なんだけど」
 

 逆さまに現れた命綱こと僕の幼馴染兼親友兼元隣人現同室の恋人は、それはもう関わりたくないとかヤバイとか心底呆れたとかもう嫌だとか、なんかそんな感じの感情を一切隠さずに、それでもしっかりと僕に視線を交わらせて問うてくる。僕はそんな彼のことをいつも真面目だなぁと感心しているが口に出すと向こうは手を出してくるから言わないことにしている。
 

 「うん、溺れちゃってさ」
 「はぁ?」

 

 真面目と言うのは損な役割だと思うのもまたお約束だ。だって彼はあまりに真面目すぎて、うっかり僕が【何が】【どうして】をすっ飛ばして【そうなった】かの結論から言ってしまってもちゃんと付き合い続けてくれるのだから。
 

 「酸素が足りなくて浮き上がれなくて困ってたんだよ」

 「お前はどこから自分の体内に酸素を供給してんのか解って言ってんの?」

 「主に口からだろう?そういえば皮膚呼吸って言葉があるのになんでソレじゃあ呼吸できないんだろうな?魚のエラ呼吸とは違うのかな」

 「知らねぇよ」
 「そうか、解ったから酸素はやくプリーズ」

 

 そして僕はといえばそんな自分のどうしようもなくめんどくさい部分を解っていながら、自分は道化ですので何も思い至ってなどいないのです、と言わんばかりの態度を取って、それでも彼が許してくれるのに甘えている面倒なことこの上ない性格なのだから、まったく真面目とは損だ。

 そして僕は仰向けになったまま彼に両腕を伸ばす。例えるなら赤ん坊が哺乳瓶を欲しがって一生懸命手を伸ばしているようなあんな感じだ。もちろん僕は自分がいまそんな甘ったれでどうしようもない事をしていると自覚しているし、それでも彼は甘やかしてくれると解っているし、彼は僕がそんな事を考えてることを知っている。全てが出来レースだ。

 お互いがお互いを理解してる。要するに僕らはその温さと甘さに溺れていたいだけなのだ。そしてそんな甘えが僕等を生かす糧となる。
 今まで僕の頭上にいて覗きこむようにしていた彼は短くため息をつくと僕の横に移動してしゃがんで、そのまま僕の顔の両脇に両手をついて覆いかぶさってくる。
 ちょうだい、……、と彼の名前を眼前の彼にしか聞こえないような小さな声でぽつりと呼ぶ。
 そういえば誰も居ないか確認してないなってちょっと思ったけど時既に遅し、僕は彼に口付けられて屋上のコンクリートから動けないし動きたくない。

 

 「ん、んっ、んん……」
 

 人工呼吸をする時はたしか気道を確保しなきゃいけないんだけど、むしろ残った僅かな酸素さえ、全て奪い尽くすかのように口付ける彼は、普段あまりにも女の子に対する愛想というものがなさすぎて、ある日遠くから眺めていた時思わず僕がふとアイツ淡白だよなってこぼしたら、一緒にいたクラスメートから朴念仁なのかただ女っ気がないだけなのかホモなのかで賭けられた事があるのを知っているのだろうか。ちなみに僕はホモに500円賭けた。まあ当たらずといえども遠からずなのだけど。
 結局賭けの結果なんて出てはいないし誰も得も損もしていない。あ、でもそれがきっかけでこいつに告白した女子はちょっとかわいそうだったかもしれない。かわいそうじゃないことになってたら僕がかわいそうなので同情はしてやんないけど。

 

 「は……っ」

 「……満足か?」

 「とりあえず家まで歩くくらいの酸素は補給できたかな」
 「お前燃費悪すぎねーか」
 「君に言われたくないんだけど」

 

 彼が口内を余すこと無く蹂躙するからすっかり口の周りは唾液でべたべたで、それを彼は何処かしてやったりと言いたげに拭うからきっとわざとなんだろう。誰だこのむっつり変態を淡白だって言い出したのは。僕だ。
 ちょっとあの時の僕をしばきに行きたいので誰か今すぐタイムマシンを開発してくれないだろうか。

 

 「ほら、早く帰ろうぜ。さみーし、腹減ったし」
 「今夜はチキンがいいなー」
 「なんでだよ、どうせ明日食うだろ?クリスマスだっつって」
 「別にいいじゃん肉の種類が同じなくらい。君だって豚丼の次にハンバーグ食べてその次に豚角煮まん食べたりするじゃない」
 「じゃあ焼き鳥」
 「うわ、おっさんっぽい!」


 くだらない話をしながら、いま自分が息をしている事に喜びを感じる。隣に君という熱量がある事実に幸せを感じる。このあとも日付が変わっても来年になっても果てない未来になってもそれが変わらぬ事を信じながら、それでも空の青さを仰ぎ見ては、こうして水底に沈められた僕に酸素を与え続けるために彼が居続けることで、彼の人生を僕という水底に縛り続けるという結果に僕は得も言われぬ優越感を抱いて、これ以上ない幸福を実感するのだ。













空の底を一緒に歩こう

オリジナルだと厨二だとかポエムだとか発症し放題でたまらないですね。

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